私があなたの体をよくします


前田 憲利 まえだ のりとし

昭和536月生まれ

出身 大阪府池田市

豊中市 在住

家族 妻 娘3人

 


資格


回復整体 整体師 

EFT プラクティショナー 合格

EFT セラピスト講座 合格

食生活アドバイザー 

 

趣味

サッカー観戦(時々キーパーとしてフットサル(5人制のサッカー)もしています)

音楽鑑賞

読書


性格


人見知り

お客様からは「そんなことはない」と言われるのですが、人見知りです。


仕事中は仕事モードなので大丈夫ですが、それ以外の場だと自分から話しかけるのは苦手です。特に大人数だと全く話せなくなります。多くても3人くらいで話すのが限界です。でも、話をするとよく話します。

 

色々考えています


なんかおっとりしていると言われるのですが、おっとりしてるように見えて、何かと考えています。なので話をするとそんな事まで考えていたのと驚かれます。


回復整体 漣の願い


いつまでも家族が仲良く出来るようみんなが元気でいて欲しいと思っています。


そんな事を思うのは私の祖母が最後「認知症」になり私の事が分からなくなったからです。そして、その祖母からとても傷つき、でも考えさせる一言を言われたからです。


その祖母は父方の祖母で、私の祖父(私は会った事がありません)と離婚して、1人で食堂をしながら

私の父を含めて子供を5人育てました。私も今一人でお店をやっていますが、そんな事どうやっていたのだろうと想像がつきません。「お店だけ」「子育てだけ」でも大変なのに、それを1人でやるなんて凄いと思います。


そんな祖母は非常に頑固で、厳しい人でした。孫だからと何か褒められたり、可愛がってもらった記憶がありません。そんな訳で私の家から1分くらいの所に住んでおり、時々家に来て座っていましたが、「怖い」と思ってあまり積極的に近づく事はしませんでした。


それでも、何故そうしようとしたのかは覚えていませんが、なんとか仲良くなろうと祖母が趣味でやっている折り紙を教えてもらったり、どこかに行くのを一緒に行くとついて行ってたました。


そんな祖母に異変が起きたのは私が高校生の時でした。頻繁に家に電話がかかってくるようになったのです。昼、夜関係なく掛かってきました。食堂をしていたので、昼時にかかってくると本当に大変そうでした。電話に出てみると「何故私がこんな所に1人でいないといけないんだ」と繰り返すだけでした。


そんなある日ちょうどお店が休みで、私が一人で家にいた時に電話が鳴りました。「しんどい、病院に連れて行ってくれ」そう言われて困ってしまいました。「救急車呼ぶの?自分で対応できるの?いつもそう言ってるけど、親は連れて行ってないし」

とりあえず祖母の家に走り、ドアを開けると祖母が下着姿のまま外に飛び出ようとしました。
必死に抑えようとしましたが、高校生の私でもあまりの力に負けそうになります。

必死に家に上げて「今、お父さんもお母さんもいないからちょっと待って」と言ってると、祖母が必死に「救急車を呼ばないと」と電話をしていました。

でも、その電話は何時まで経っても繋がりませんでした。何故なら祖母の持っているのは電話ではなくテレビのリモコンだったからです。


電話がかからない事に苛立ちが頂点になった祖母はリモコンを私に投げつけ、「私を殺す気か!!」と叫びました。


その言葉を聞き、ショックを受けたのと同時に「病院に連れていけない私は本当に殺す気なのかもしれない」と自分を責めました。


その後の記憶はすごく曖昧です。私は祖母にあった記憶はそこで止まっています。私の家の1階にベッドを借りてきて、父と母は祖母を介護していましたが、私は怖くてそこに近づく事はありませんでした。

次にあったのは亡くなってからでした。元々やせていた祖母はもっと小さくなっていました。

その後





 

私が整体師を続けている理由


私が毎日多くの方を施術し、「良くなったよ、ありがとう」という言葉を聞く度に、ふと思いだすのは亡くなった父の事です。

 

父は池田で小さな食堂をしていました。朝早く起きて仕込みをし、夜遅くまで働いていました。私が結婚し家を離れ、時々家に帰ると「疲れた、腰が痛い」とつぶやいていました。そう言いながらも、忙しさを言い訳に、特に病院に行ったりする事もしていませんでした。



「働いているからこんなものだ、年だからこんなものだ」そんな事も話していました。



私が整体師として開業を決め、修業をしていた時は「父の体が楽になればという気持ち」と

「技術向上の為の練習」を兼ね、父の仕事が終わる頃を見計らって、毎日実家に帰って施術をしていました。さぞ喜んでくれると思っていましたが家に帰っても「まだ仕事が片付いていない」と面倒臭そうに私の施術を受けていました。毎日施術を続ければ喜んでくれるはずだと思いましたが、終わった後に「ありがとう」という言葉以外は何もなかったのです。

 


 そんな父が開院した約3カ月後突然、亡くなりました。


その時、生前、父が「整体を毎日を受けているから、最近体がすごく軽い。整体というのは凄いな」と興奮気味に話していた事を聞き、驚きました。


そして、もっと早くに整体に出会える事が出来ていれば、痛い痛いと毎日働くのではなく、もっと楽しく毎日を過ごせていたのではと考えました。



このページをお読みのあなたも、

もしその症状がなければ、今よりももっと楽しく過ごせるのではないでしょうか?

もっとやりたい事ができるのではないでしょうか?

家族に心配をかけなくて済むのではないのでしょうか?

私は当院に来られる、1人1人の問題を解決したいと毎日、施術を続けてます。



是非一度ご相談下さい。


ストーリー


もともとはサプリメントの会社で働いていました。

その時に学んだ事は「病気になった時に治せるのは薬や病院だけじゃない」という事です。

病院での治療はあくまでも選択肢の一つに過ぎません。

本当は違う方法を取れば、簡単に治る症状なのに、病院で治らなかったからとその症状と我慢して生活し続けている人がいる一方、その症状を治す方法に出会い、楽しく生活している人もいる。もっとその事を知ってもらえたらいいのにと思い仕事をしていました。

事実、サプリメントを飲まれた方の中には「ポリープが手術もしないのに消えた」「血圧が下がって、薬が減った、やめれた」「体温が上がってきて、風邪を引きにくくなった」「血糖値が下がった」「良く眠れるようになった」という沢山のお声も頂きました。

 

ある末期ガンの患者さんには「医者は私の話は聞かず、薬を出すだけで、治してくれもしなかったし、ただ抗がん剤を打つだけだった。でも、あなたはちゃんと私の話を聞いてくれたし、あなたの勧めてくれたサプリメントのお蔭で、食欲も出てきて体温もあがってきた」と嬉しそうに話してくれました事もありました。

 

でも、正直な話、そんな嬉しい声を聞く一方で、そのような結果が出ない方がいるのも事実でした。それはあくまでもサプリメントは病気を治す事でなく、病気にならない為の予防が一番の目的だからです。なので、飲んで全員が同じような効果を与えるという事はありません。

 

なので「病気になった時に、治せるのは薬や病院だけではない」と思う一方、もっと沢山の人に喜ばれるような商品はないのかと思っていたのも事実です。

 

そんな時に今行なっている整体に出会いました。

セミナーに行くと私以外はほとんどが理学療法士、整骨院やカイロプラクティックと体を治す事を仕事として行なっているプロの方ばかりでした。

 

そして、目の前で施術を受けて、先ほどまで歪んでいた姿勢が真っ直ぐになったり、「痛い」と言っていた人が痛くなくなったりというのを目の当たりにして驚きました。

 

でも、私以上に驚いているのは、プロの方でした。「こんな簡単に治るなんて」「ありえない」仕事で痛みを治している人がこんなに驚いているのを見て、「これなら沢山の人を救える」とワクワクしながら家に帰りました。

 

そこから会社を辞め、1年間整体の専門家の指導の元修行を積み重ね、2012年10月、回復整体 漣を開院しました。

 

あなたへのメッセージ


痛みを抱えていると、本当につらい事があると思います。私自身も腰痛を抱えた時期があり

「常に頭の隅にある痛み」「思い通りに体が使えないイライラ」「周りの人に分かってもらえない辛さ」

様々な思いを持っていました。

 

あなたも痛みを抱える事で色々つらい思いを抱えているのではないでしょうか?

そして、その悩みを解消しようと様々な事を試され、期待を持ち、そして諦めてこられたのではないでしょうか?

 

でも、もう大丈夫です。私はその思いを解消する事に全力で挑みます。もしかしたらあなたが望む100%の期待には応えられない事があるかも知れませんが、しかし、あなたの悩みを解消する自信があります。きっとあなたのお役に立てるはずです。

 

一緒に、今の悩みを解消し、あなたの理想の生活を手に入れましょう!!




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